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鎌倉から津久井湖のそばに引っ越して来たブリーダー
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きまぐれ日記 シェルティ達と私の記録
 鎌倉から津久井湖のそばに引っ越して来たブリーダーの私とシェルティ達とのゆかいで楽しい毎日やちょっと悲しいお話等。  犬と暮らすことの素晴らしさと苦悩などきまぐれに書き綴る日記。 http://jewel-julian.com/
きれいになりました

DSC_0233-1.jpg
すみれが亡くなり、うちの最年長になったパンプ、13才3ヶ月の男の子。
気持ちの良い秋晴れのの日にシャンプーをして、さっぱりしたところを撮影しました。
高齢なのにコートがすごくて、短時間で終わらせるためには大型ドライヤー(エアーホース)を使います。風で水分を飛ばして、ドライヤーを使う時間を短縮します。
せれど、このエアーホースの欠点は音。掃除機のような音がするため、うちの子たちは大騒ぎ、特にディオールがすごい。心臓が悪いので興奮すると心配なので、なるべく聞こえないように、二階かベランダに出してから使うことにしている。
すみれが病気になり、ディオールも子宮蓄膿症になって、エアーホースを使えずにいた。
そんなわけで、パンプと汚くなったなぁと思ったけれど、エアーホースが使えるまで我慢していた。
やっときれいにしてやれたので、ここにご紹介しました。
パンプには、たくさんの子供、孫、曾孫がいます。
うちの犬の子供を飼っている方は、血統書を見てまたらCalifornia
Blue という名前があるかもしれません。
皆様の御愛犬の祖先パンプはびっくりするくらい元気できれいですよ。



DSC_0228.jpg

写真嫌いのパンプはそそくさと逃げ出してしまいました。
おしりも

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犬を飼うということpart2
20年位前は、子犬を飼う家のほとんどが子供連れでやって来て、子供が欲しがっているからといっていた。
シェルティは、大人からと子供からも愛される犬種だが、最近はダックス、プードル、チワワに押されぎみだ。
私はそれで良いと思っている。
流行りの犬は質が落ちて行くからだ。簡単に繁殖する犬種を変える繁殖者は多い。売れる犬に飛び付く。シェルティが、流行り出したら、ほんとにシェルティを理解していない人たちが、繁殖を始めて大量生産されてしまう。
想像するだけで恐ろしい。
この数年、シェルティを飼いたいと言って来られる方は圧倒的に大人が多い。大人だけの家庭が今年は7割を越えた。よく子供同然、家族同然という言葉どうり、もう少し厳しくしても良いのにというほどの溺愛ぶりで、どの子も満足しきった様子で、飼い主のそはにぴったり寄り添っている。内弁慶も多くなってきた。
誰かと競うこともなく、ご飯もお散歩も満足なのだろう。
この数年で、最も変化したことと言えば、独り暮らしの人が犬を飼うということ。芸能人の影響力なのか、結婚しない人が増えたからなのか。
独り暮らしで、犬を飼うということは大変なことで、それは飼い主が、大変なだけでなく犬にとってもかわいそうなことが多い。
朝、晩ご飯をあげていれば、生きてはいける。暇なときには散歩にも行けるし、休みの日にはずっと一緒にいれば良い。なんて、考えてはいけない。特にシェルティは、頭が良いし寂しがり家だから、1頭で長い時間の留守番はかわいそうだ。犬は、暇なら寝てるから良いだろうと思われがちだが、寝たくて寝てるときと、退屈で仕方なく寝るのは全然違う。子犬の頃は、いたずらもするし、トイレのしつけも完璧にはいかない。仕事に疲れて帰って来たら、また家でもっと疲れることになるだろう。そうならないために、ケージや狭いサークルに入れておけばいいなんて考える人も多いようだ。なんて、かわいそうなことを。
独り暮らしで、犬を飼うならば、持ち家(マンション)、残業しない、仕事場から直帰、早起きして朝は必ず散歩に行く、多頭飼いができる、お昼に家に帰り犬の様子をみる、など、みな
さん大変努力して頑張ってくださっている。
決して自分を犠牲にしているとは思っていない。
これだけ頑張ってるのに、色々犠牲にしてるのに、思ったように育ってくれないと思いだしたら、犬を可愛いとは思えなくなるだろう。
私には、独身の犬大好きな男友達数人いる。
一人は自営業なので、2頭の犬を譲った。
もう一人は、買ったマンションが犬はダメなところだったのだが、犬を飼えるようにマンションの規約を変える努力をしたが、帰宅時間が不規則で1頭での留守番がかわいそうなので無理、もつ一人も犬OKのマンションを買ったからと言ってきたが、こちらも帰宅時間が心配。
二人には「うちの子が欲しいなら、犬大好きな人と早く結婚して!」と言ってやった。
淋しいからという理由でシェルティを飼20111023_104539.jpg
うのは間違ってるとおもう。一人で家で待つ方がよっぽど淋しい。
1頭でも、平気な他の犬種を飼うことをおすすめする。

犬を飼うということを考えるときに、経済的にクリアーできたとしても、自分の時間をどれだけ犬に使えるかということを考えることも大事だということを忘れないで。




独り暮らしの方からほしいと言われていたミニチュアのバイブルー(6ヶ月で4キロ)とトライの女の子。
じつくりお話をしたかったのだけど、メールだけで欲しいと言われてもお譲りできませんでした。
こんなに可愛いので、良いオーナーさんが見つかると思うし、、、
マンションでシェルティの飼育をあきらめている方にもおすすめです。
できらば、2頭で飼ってもらえたらうれしいです。


犬を飼うということは


可愛い子犬を見れば、犬好きなら誰だって飼いたいと思うだろう。
まして、子供ならば尚更だ。
犬は人を癒す、子供を癒す。ならば、人は、子供は犬を癒してやれるのだろうか?
大人は自分を押さえて、他人を思いやることができるが、子供には難しい。無邪気でこころのままに行動する。
犬と友達になれるかもしれないが、親が子供を思いやるような関係になることは難しい。
私は、自分が子供の頃に飼っていた3頭のコリーのことを思い出す度に申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

最初に飼ったコリーを父は「あんなにバカな犬はいない」といつも言っていた。
6才の頃、松本市に引っ越した日に祖父が買ってくれたトライカラーのメスのコリー。名前はローザ。引っ越しの荷物もも片付いていないのに、子犬を買って来たので、祖父は父にすごく怒られていたが、私と妹は大喜びだった。
ローザはみるみるうちに大きくなり、すぐに飛び付いて全く落ち着きかなく、すぐに脱走して行方不明になった。家からも公園からもローザは走って行ってしまう。リードは、絶対に放すなと父に言われていたけれど、名犬ラッシーと少年のようになりたくて、私は何度もリードを外して呼び戻しをしようとした。その度に、ローザは楽しそうに走り出してすぐに姿が見えなくなった。
私は父に叱られて、父は仕方なく、新聞に「コリー探してます。見つけてくださった方にはお礼をします」みたいな文章を載せて探してくれた。
ローザは、たいていホームレスのおばあちゃんが縄でつないでつれて来てくれた。なぜ、あのおばあちゃんはいつもローザを見つけられるのか、呼んでも戻らないローザを捕まえられるのか、私たち一家は不思議でしょうがなかった。

ローザは、私たちのいうことを聞かず好きなところにいってしまうので、父はローザのことをあんなバカな犬はいないと言うのだ。そして、2頭目のコリーは絶対ペットショップ(当時は犬屋さん)では買わないと言って、2頭目コリー、ジュピター、セーブルのオスは訓練士から買ったのだ。だから、頭が良かったと信じている。

確かに訓練士が選んでくれて、少し大きくなるまでセントバーナードやスピッツ等々と一緒に飼育していてくれたのは、情緒が安定した飼いやすい犬になった一つだったかもしれない。でも、それだけではない。私の犬との接し方が変わったことが一番大きな要因だと思う。
小学校の高学年になっていたし、ローザの失敗を踏まえて、飛び付かせない、急に走らない、ジュピターの前では、はしゃがないようにした。
ジュピターは、私の思いどうりの犬に成長して、美しいコリーをノーリードで散歩できることが自慢だった。
ある日、散歩中に知らない人に声をかけられた。
「いいコリーだけら、コリークラブの展覧会にだしたら」と。私も家族もその気になり、展覧会の日を楽しみにしていた。けれど、展覧会の直前、ジュピターが車に跳ねられてしまった。いつものようにノーリードで散歩中に、国道の反対側に犬がいるのが見えて、わたしは、ジュピターに行ってはけないよ!というつもりで、ぽんと背中をたたいた。それを合図にジュピターは、国道に飛び出し車に跳ねられてしまったのだ。幸い足に軽い傷を負っただけですんだ。あの時、ジュピターが死んでしまっていたら、私は二度と犬をかわなかったろう。私のせいでジュピターに怪我をさせてしまった。
やはり、子供は犬を癒すどころか傷つけてしまうのだ。ローザも、私たち子供が好き勝手に育てたから、あんなテンションの高い犬にしてしまったのだ。
3頭目のコリーは、うるさく鳴くので訓練所に6ヶ月預けて訓練を受けて帰ってきたが、すっかり飼い主との信頼関係はなくなってしまって、しかれば噛みつくようになって、ますます溝は深まり、父はなんのために大金を払ったのかと嘆いていた。
うるさく鳴くのには理由があったのかもしれない。二代目ジュピターもなにかを主張していたのかも知れない。私も妹ももう小さい子供ではなくなっていたから、一緒にいてやる時間が少なくなっていて、寂しかったのかもしれない。

今ならば、あのコリーたちをもっと幸せにしてやることができたはず。
自分勝手なこどもではないから、気持ちをわかってやることがでるはず。ちゃんとしかり、ちゃんと誉めることができるから。
犬をかうということは簡単だけど、ちゃんと飼うということは 難しい。
今日は幸せでしたか?と犬に訊ねてみたくなる。


すみれが亡くなり、四十九日がたちました。寒くなる前にお墓にお骨を埋葬したした。
ラベンダーを植えてやりました。花はまだ咲いていないけれど、私が種から育てたものです。
なかなか芽が出なくて、なかなか大きくならず、ずいぶん時間がかかりました。
すみれが、まだ元気があった頃から育てました。時間とは、不思議なものですね。
成長するということは、死に近づくということで、人も犬も植物も同じです。
生きていたとき、植物は、いかに美しい花を実をつけるかです、
犬たちは、幸せに生きたのだろうか?
答えてはくれないけれど、すみれの子孫は多くの人たちに幸せをもたらしているということは間違いないでしょう。
そうでなければ、ひ孫の飼い主さんまでがすみれの死をいたみ、お花やお手紙をくださることはないと思います。

沢山のお花をありがとうございました。
お手紙、メール、お電話ありがとうございました。
すみれの命は、永遠にどこかで生き続けていくはずです。

皆様も、犬の寿命の短さを悲しいと思っていらっしゃることでしょう。
十年なんてあっという間です。何気ない毎日を、充実した毎日をご愛犬と暮らしていかれますように。